今回は、モニターする音量とミックスの判断の関係について書きたいと思います。
小さな音でミックスをしていると、不思議なことが起こります。
何を聴いても、だいたいOKに聞こえてしまうのです。
バランスも悪くない。歪んでもいない。ノイズも気にならない。これで完成でいいかな、と思う。
ところが同じ音源を大きな音で鳴らすと、急に粗が全部出てきます。
自分のミックスはどこか物足りない、スタジオで聴くとまるで別物に聞こえる。
こんな内容でずっと悩んでいませんでしょうか?
以前このブログでは「僕が機材のアップグレード相談を受けた時に一番初めにオススメすること」という記事の中で、何より大切なことは大音量と重低音を体感することだと書きました。
参考記事
今回はその続きの話です。なぜ大音量を体感する必要があるのか、音量が変わると判断の何が変わってしまうのかを、僕の考えで書いていきたいと思います。


小さい音でミックスした方が、耳も疲れないし良いって聞きましたけど?

小さい音で確認することは大事です。ただ、小さい音だけで判断していると、いつまでも合格ラインが上がらないんです。
今回はそこを説明していきます。
小さい音では「気にならない」だけ
まず一番大事なことを先に書きます。
小さい音で聴いているとき、粗が聞こえていないわけではありません。気にならないだけです。
耳には届いています。でも脳がそれを「問題」として扱ってくれない。だから見逃してしまう。
これが小音量の一番怖いところだと思っています。聞こえないなら諦めもつきますが、気にならないだけなので、自分では気づくことができません。
そして厄介なのは、気にならない状態で下した判断は、すべて「OK」になるということです。合格ラインが下がったまま、音源が完成してしまいます。
音量が変わると、耳の特性そのものが変わる
人間の耳は、音量によって周波数ごとの感度が変わります。
これは感覚的な話ではなく、等ラウドネスレベル曲線として国際規格になっているものです。ISO 226という規格で、2003年版から2023年版へ改訂されています。
ざっくり言うと、音量が小さいほど、低い音と高い音が聞こえにくくなるということです。音量を上げていくと、その差が縮まって特性がフラットに近づいていきます。

この一点だけで、ミックスの判断は次のように狂います。
- 小音量で「低音が足りない」と感じて足す → 大音量では膨らみすぎている
- 大音量で組んだバランス → スマホやイヤフォンの音量ではスカスカに聞こえる
- 小音量ではボーカルが埋もれて聞こえる → 必要以上に上げてしまう
- 小音量では高域も聞こえにくい → シャリシャリになるまで足してしまう
つまり、どの音量で判断したかによって、出てくる答えそのものが変わってしまうということです。
大きな音でしか炙り出せないもの

僕が大きな音で確認するとき、探しているのは主にこういうものです。どれも過去に書いてきた内容と繋がっています。
位相のズレ
「Mix師に重要な位相とは」の記事の中で、位相のズレは「シュワシュワとした音」として聞こえると書きました。
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このシュワシュワは、小さい音では本当に分かりません。大きな音にすると、音として聞こえる前に、身体が気持ち悪さとして反応します。
位相のズレは耳ではなく身体で捕まえるものだと思っています。だから小音量では捕まえることができません。
聞こえない低域
「音声に対してローカットフィルター(ハイパスフィルター)を必ず入れる理由」の記事で、音として聞こえないような低音も位相には影響してくる、と書きました。
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ここが今回の話と一番深く繋がっている部分です。
低音は高音より音のパワーが大きいので、聞こえていないのにヘッドルームを食い、他の素材の邪魔をして、歪みの原因になります。
そして小音量では、耳の感度が落ちているので本当に聞こえません。パソコンのファンの音、エアコンの風、冷蔵庫の冷却ノイズ。小さい音で聴いている限り、それらは存在しないものとして扱われます。
大きな音にした瞬間、それが全部出てきます。
高域の混雑
「スピーカーのツイーターはボーカルの物」という記事で、ボーカルや旋律を奏でる楽器以外が、実音でこの帯域に居座っている状態を良く思っていないと書きました。
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小音量では高域の感度も落ちているので、この混雑に気づけません。歌詞が聞き取りにくい原因がそこにあっても、「なんとなく抜けが悪いな」で終わってしまいます。
わずかな濁り
「現在の音楽シーンから響きが失われていくのはなぜか」の記事では、世の中の音楽は少しだけ濁った状態の物で溢れている、と書きました。
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同じ記事の中で、音は聞く物であって見る物ではない、大きな音でスピーカーから確認していくことが大切だとも書いています。
少しだけの濁りは、小さい音では絶対に見つかりません。アナライザーの波形を見ても見つかりません。大きな音で鳴らして、耳で捕まえるしかない種類の問題です。
そのほか
- クリップ、インターサンプルピーク
- コンプのアタックで潰れた低域の歪み
- ピッチ補正やタイム編集の継ぎ目
- リバーブテールの濁り
- ディエッサーのかけすぎで不自然になった子音
大音量に耐える音楽とは、最小の歪みも残っていない音楽のこと
ここが今回一番書きたかったところです。
大きな音で鳴らしても耐えられる音楽を作るには、最小の歪みも許されません。
小音量で判断している限り、この基準には絶対に届きません。合格ラインが甘いまま完成になってしまうからです。
しかも小さい音では、わずかな歪みが「音の密度」や「太さ」として気持ちよく聞こえてしまうことすらあります。良いものだと勘違いして、残してしまう。それを大きな音で鳴らすと、ただの汚れとして出てきます。
ミックスの上手い下手は、足す技術よりも、どこまで細かい粗に気づけるかで決まる部分が大きいと思っています。そして気づけるかどうかは、才能ではなく、どの音量で確認したかで決まります。

じゃあ、ずっと大きい音で作業すればいいんですか?

それが一番やってはいけないことなんです。
大きな音は使うもので、居座る場所ではありません。この後に理由を書きます。
スピーカーの大中小に、音量という軸を足す
「歌詞の聞き取り易さを確認(スピーカー、大中小それぞれ確認する)」の記事では、家庭用スピーカー、スタジオモニター、イヤホンと順番に確認していく方法を書きました。
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あれはスピーカーの大きさという軸の話です。今回の話は、そこに音量という別の軸を足すことになります。
音量ごとに、そこで何を判断するのかを整理すると、こうなります。
| 音量 | そこで判断すること |
|---|---|
| 小さい音 | バランスの再確認。曲の輪郭を見る |
| 基準の音量 | 全体のバランス、ボーカルの位置、歌詞の聞き取りやすさ |
| 大きい音 | ミックスが崩れていく部分を探す 歪み、ノイズ、位相、編集の継ぎ目、低域の量感 |
ここでいう基準の音量は、自分で決めた一定の音量のことです。何dBでも構いませんが、毎回そこに戻れることが大事です。作業のたびに違う音量で判断していると、前回の自分と比べることができなくなります。
音量は好みで決めるものではなく、何を検査するかを切り替えるスイッチです。そう考えると、作業中にボリュームをどう動かすべきかが見えてくると思います。
宅録で大きな音が出せない場合

とはいえ、家で大音量を出せる人はほとんどいないと思います。夜中であればなおさらです。僕自身、機材の相談を受けるときにいつもここで悩みます。
僕がおすすめしているのは、イヤモニやオープン型のヘッドフォンで、大きめの音量を作る方法です。
スピーカーで大音量を出すのは家では不可能ですが、ヘッドフォンなら近所迷惑にならずに大きな音を作れます。粗探しという用途であれば、これで十分にチェックできます。
特にイヤモニは、外の音が入ってこないので小さな粗にも気づきやすいです。位相のシュワシュワや、編集の継ぎ目のようなものは、むしろスピーカーより見つけやすいと思います。
ただし、低域の量感と曲全体のエネルギーは、ヘッドフォンでは判断できません。ここだけはどうしても大きなスピーカーの前に立つ必要があります。
ただし、大音量に居座ってはいけない

大きな音は使うものであって、その中で作業を続けるものではありません。理由は2つあります。
1. 耳が鈍る
大きな音を聴き続けると、耳は一時的に高域の感度を失います。その状態でミックスを続けると、足りないと感じて高域を足し続けてしまいます。
翌日聴いたらシャリシャリだった、という経験があると思います。あれは疲れた耳で判断を続けた結果です。
2. 難聴のリスクがある
米国のNIOSH(国立労働安全衛生研究所)が推奨している基準では、仕事として音にさらされる時間の上限は、85dBAで1日8時間とされています。法律による規制ではなく、あくまで推奨されている目安です。
ここから出てくる数値はdBAです。人の耳の感度に合わせて低域を割り引いて測る方式で、騒音の基準はこちらで決められています。前半に出てきた70dBや100dBは割り引きをしていない数値なので、同じ「dB」でも測り方が違います。
そして3dB上がるごとに、許容される時間は半分になります。
| 音量 | 推奨される上限時間 |
|---|---|
| 85dBA | 8時間 |
| 88dBA | 4時間 |
| 91dBA | 2時間 |
| 100dBA | 15分程度 |

100dBAは15分程度です。1曲を通して何度か聴いたら、それで終わりということになります。
ただ、15分と聞いて「それでは何もできない」と思わないでください。これは大きな音で作業し続ける時間の話です。粗を探すための確認なら、1回30秒もあれば足ります。気になる箇所を10回確認しても5分です。
しかもこの時間は1日の合計で考えます。普段の作業を会話より少し大きいくらいの音量でやっていれば、そこで使う分はごくわずかです。大きな音での確認は、短く区切っている限り、きちんと基準の中に収まります。
日本にも同じような基準があります。厚生労働省の「騒音障害防止のためのガイドライン」が2023年4月に改訂され、等価騒音レベル(A特性で測った平均値)が85dB以上の場所では聴覚保護具を使わせることとされました。測り方や目的は違いますが、85dBというラインは日米で共通しています。
ヘッドフォンやイヤモニは耳のすぐ近くで鳴っているので、この時間はさらにシビアに考えたほうがいいです。上げるのは短く、確認が終わったら必ず下げてください。
僕たちの商売道具は、プラグインでもスピーカーでもなく耳です。一度失った聴力は戻りません。
リスナーが聴く音量は、自分では決められない
もうひとつ、忘れてはいけないことがあります。
「音楽配信サービスに隠されたガラスの天井と音圧の関係性を考える」の記事で書いた通り、配信サービスには自動音量調節機能が付いています。音圧の大きい曲は小さく、小さい曲は大きく再生されます。
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つまり自分の音源がどのくらいの音量で再生されるかは、こちらでは決められないということです。
リスナーは電車の中で小さな音で聴くかもしれないし、車で大きな音で鳴らすかもしれない。ライブハウスのBGMとして流れるかもしれません。
だから、ひとつの音量だけで判断してはいけないのです。どの音量で再生されても意味が変わらない音源を作る。そのためには、こちらが複数の音量で確認しておくしかありません。
大きな音を体感している人と、していない人

最後に、機材でも技術でもない部分を書かせてください。
大きな音を体感している人と、していない人では、作る音楽そのものが変わります。
これは技術の差ではありません。頭の中に持っている完成図の差です。
「歌い手の視点から考えるMixの進め方、完成図を想像する」の記事で、Mix師は音源の完成図を直接見ることはできないと書きました。完成図は頭の中にしか存在しません。
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その完成図は、これまで体感してきた音で作られています。
ライブハウスの低音が身体を押してくる感覚。スタジオで鳴らしたときのキックの重さ。大きな音で鳴ったときにボーカルがどこに立つのか。それを一度でも身体で知っている人は、小さな音で作業しているときも、その完成図に向かって作ることができます。
知らない人は、小さな音で聞こえている範囲の中だけで完結してしまいます。そこで作られた音楽は、大きな音の場所に持っていったときに意味が変わってしまう。
人間は耳だけで音楽を聴いているのではないそうです。体感することが重要です。
だから僕は、機材の相談を受けたときに、まず大音量と重低音を体感してほしいとお伝えしています。良質なモニター環境はコンパスです。コンパスがあれば、違いを判断できるようになり、自分で答えを探していけるはずです。
ライブでも、映画館でも、大きなスピーカーのあるスタジオでも構いません。良い音を大きな音で体験することが、結果的に一番のミックスの練習になると思っています。

スピーカーを買う前に、まず大きな音を聴きに行った方が良いってことですか?

順番としてはそうだと思います。
目標の音を知らないまま機材を買っても、何を基準に選べばいいのか分からないままになってしまいますから。
まとめ
今回の内容をまとめます。
- 小さい音では粗が聞こえないのではなく、気にならないだけ
- 音量が変わると耳の周波数特性が変わるので、判断そのものが変わる(ISO 226)
- 位相のズレ、聞こえない低域、高域の混雑、わずかな濁りは大きな音でしか炙り出せない
- 大音量に耐える音楽とは、最小の歪みも残っていない音楽のこと
- スピーカーの大中小という軸に、音量という軸を足す
- 家ではイヤモニやオープン型ヘッドフォンで大きな音を作る
- ただし大音量には居座らない。85dBAで8時間、3dB上がるごとに半分
- 配信では再生音量を自分では決められないので、ひとつの音量で判断してはいけない
- 大きな音を体感しているかどうかで、頭の中の完成図が変わる
小さな音でミックスをしていると、全部がOKに聞こえてしまいます。その状態から抜け出すために、一度大きな音を通してみてください。
今回は、100dBの環境と70dBの環境では全ての判断が変わるという内容で解説させていただきました。

最後まで読んでいただきありがとうございました!










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